「方便」のことを考えていて、思い出したエピソードがあります。
広告の仕事をしていたのですが、後輩がどうも様子が変。彼女は広告の文言を作るのに抵抗感を持っていました。
彼女の経験では広告に踊らされたりして、広告とは人を騙すモノという思いがあったようで、それを自分が作って世に出すことにどうも抵抗感があったようでした。
その時私は彼女に「確かに私も広告に騙された、と思うこともある。でも、せっかく大安売りなのに、その情報を見えるところに出してくれないと私は大安売りを見逃してしまう。だから、広告は必要で有益。私たちは広告を見た人が見て得をしたと思う広告を作ろうよ」と…でもホントは自分自身とこかで詭弁だなあ〜って思っていました。
そうして、やる気を起した彼女に「でも、広告主さんにとって言いたくないこともあるから、それは敢えて出してはイケナイよ」と付け加えていましたから。
これは、方便なのだろう、と思って書こうかとぼんやり考えていたのですが、http://d.hatena.ne.jp/kyoujyu/20070402で、両方が繋がったような感じです。
私はドレが方便なのか、まだ良く分かっていないように思います。
でも、もしかすると、上手に方便を使っているのかもしれない。
自覚なしに方便を使うと、自分も騙せてしまいますね。
使うなら「方便」と認識して使いたいな、と今は思います。