聖徳太子―日と影の王子〈上〉
黒岩 重吾
この本を読みました。
手離してしまったので、怪しいかな、とも思ったのですが、
大層ページ数のある本だったので、これで間違いないと思います。
ところが、内容はというと、
以下のマンガとごっちゃになってしまって定かではありません。
苦労して読んだのに。。。
池田理代子作の聖徳太子と、
聖徳太子 【コミックセット】
池田 理代子
日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫)
山岸 凉子
山岸涼子の『日出処天子』です。
山岸涼子の『日出処天子』は、ちょっと突飛な設定ではありますが、
史実(と思われる)の扱いは、黒岩重吾とあまり変わらなかったような気がします。
というのも、あまりの本の厚さにたじろいだのですが、
聖徳太子の生涯という流れは、なんとなく知っていたものを同じで、
特に違和感も感じなかったので。
http://www.weblio.jp/content/%E8%81%96%E5%BE%B3%E5%A4%AA%E5%AD%90
マンガの中で、私が一番興味を持ったのが、
「人は死ぬと仏になる」と厩戸皇子(聖徳太子)に言わせていることです。
『日出処天子』では、公式の場では、そう言い、
人のいないトコロで「誰もが仏になどなりはせぬ」と言わせていますが。
黒岩重吾の小説でも、
太子は「人は死ぬと仏になる」と言っていたような気がするのです。
これは、勝鬘経の一乗思想から来ているのですね。
勝鬘経は身分の高い在家女性のこと。
推古帝の時代だったから…推古天皇もこうして修業が可能です
ということですね。
古代の広告塔の為のお経!?
維摩経は、在家佛教の「トーテムポール」
上座部佛教を小乗と言った。
このあたりのお経のテーマは「在家信者」にあったのですね。
出家しなくてもOK、女性でも成仏できる!
そんな謳い文句なのですね。
法華経は、天台宗の根本経典であり、
日蓮宗の唯一の経典。
この辺りから、シッタルダは如来という神様になる。。。
聖徳太子の頃から、
日本の佛教は「救済」が打ち出されたものだったのですね。
往生と成仏…
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%80%E7%94%9F
往生…極楽往生とは、
釈迦の浄土である「極楽」に行って(往)、
仏に生まれ変わる(化生)こと。
うわ〜大変!
成仏するには、仏の導きと仏による成仏への保証が必要で、
そういうのなしで、
勝手に修業しても「仏」にはなれないのだそうです。
阿羅漢とか辟支仏になるだけで、一度それらになると、
二度と仏にはなれないそうです!上手い!
「死んだら仏になる」というのは、
「誰でも」という辺りが縮まった程度だと思っていました。
多少は縮まっているとは思っていましたが、そんな程度ではないですね。
極楽へ行ったから、また行く道が分かったからといって、
極楽で、蓮の花の中で、仏に生まれ変われるワケではない。
「死んだら仏になる」とは…
これはまた随分と途中のモノを縮めてしまったのですね。