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    犬のトレーニングとマインドコントロール

    • 2014.07.15 Tuesday
    • 10:44
    評価:
    青木 愛弓
    誠文堂新光社
    ¥ 1,728
    (2008-10)
    コメント:犬のトレーニングにも良いらしい!



    ちょっと気になったので、
    マインドコントロールって「悪いモノ」というイメージで使われますよね。

    私もこの言葉の意味の他にくっついている「良いイメージ」「悪いイメージ」に振り回されていました。

    古典的条件付けを知れば知る程、
    (それほど知りませんが、レオとの関係でトライしようとして…)
    心の奥の部分に触れるのではないか?
    そんな所に自分が立ち入っていいのか?
    みたいな思いがありました。

    下手な事をしたら…それってマインドコントロールなんじゃないの?って。。。


    認知行動療法とか、行動分析学とか…犬の支配性理論
    http://bard.jugem.jp/?eid=1416

    犬のトレーニングはマインドコントロールじゃない。
    http://bard.jugem.jp/?eid=1398


    犬はアダルトチャイルドだと思う。
    http://bard.jugem.jp/?eid=1397

    そうして何かを変えてしまったら、
    このコの持つ本来の大切なものを失ってしまうのではないのか?
    それこそ、犬らしさを奪うのではないのか?


    でも……





    そういう時に使われる「マインドコントロール」と、
    本来の広義の意味でのマインドコントロールはちょっと違いますね。

    一般的には「マインドコントロール」というと、
    心を自在に操ってコチラの都合よくコントロールしてしまうもの…って感じかな。



    でも、心理学を使ったアプローチは皆「心のコントロール」なのだから、
    マインドコントロールなワケですよね。


    「こういう時こそ落ち着かなくちゃ!」って、
    自らの自制心を養ったりする事もマインドコントロールだったりするワケです。

    自己概念の枠組みを自ら壊して、新たな概念を取り入れる…というのもマインドコントロールでしょう。

    新たな価値観に出会って信条が変わるのです。
    信条が変わるのは悪い事ではありません。
    全く変わらない人を「頑固」という位ですから。。。



    そういう事はあるんです。
    そして、それが以前の枠組みの中で生きるよりも生き易いならば、
    それで良いのです。

    アダルトチルドレンに苦しんでいた人が「お母さんの期待に応えなくても私は幸せになれる」って気付くのもマインドコントロール。

    「この世は麻原彰晃の予言通りになっている!ソンシの教えに従わなければ!」となるのもマインドコントロール。



    マインドコントロールから脱する方法をディプログラミングなんても言いますが、
    それも逆マインドコントロール
    でも、どちらも「マインドコントロール」という意味においては同じなのだと思います。


    そして、それぞれの「マインドコントロール」にどんな意味付けをするか
    …ということで、「マインドコントロール」は全く違う印象になる。

    オウムはマインドコントロールの悪用って事ですね。



    犬のトレーニングをする…これは正しい使用法。

    犬が怖がっているものを怖くないようにしてあげる。
    これも、そういう意味ではマインドコントロールでしょう。

    相手の心に働きかけて、認知の枠組みを替えて行く作業です。

    怖いものを怖いままに放置することが良いのでしょうか?
    それが、このコの「ありのままの自然な姿」だから放っておくべきでしょうか?


    それなら、ヘレンケラーへのサリバン先生の教育もすべきではなかったですね。。。

    サリバン先生は、ヘレンを孤独な真の闇の中から救い出しました。

    私は、狂ったようにクルクル回って吠え続けるレオ見た時、
    サリバン先生に出会う前のヘレンを思い出しました。

    レオの心に届く事をしなければならない、と思いました。
    そして、そうして来て本当に良かったと思っています。





    人は犬を人間社会の中で暮らすようにしてきました。
    犬も望んだかもしれないけれど、人も受入れて来た。

    人は人のスピードで変化しているけれど、
    時々、それに追いつけない犬もいる。

    電車や車はエレベーターや…いろんな人が便利に使うものも、
    犬にとっては意味不明の堅くて大きな音のする理解不能な怖いものなのかもしれない。

    ↑その概念を壊して、これは安全なモノなのだ…という新たな認知を枠組みを作ってあげなければ、このコは生涯怖いものに怯えて暮らすしかない。

    だから、犬はトレーニングするのです。
    「犬をトレーニングする」って言うと犬を鍛えて…みたいな事を想像する人もあるでしょうが、そうではなくて…
    練習するって感じかな。



    心に声が届く関係作り。


    逆に、犬のトレーニングをしているのに、
    犬の心を取り扱っている「マインドコントロールしているのだ」という自覚が無い方が困りますね。

    犬に新しいトリックを一つ教える事も、
    ただ「芸」が増えるのではない。
    犬は「え?こういうこと??」みたいな閃きを得るのですから。
    それって、もう認知の枠組みが変わる事です、つまりマインドコントロールです。


    犬をマインドコントロールするからには、
    常に自分に問い続けなければならない…「レオは幸せに笑っているか?」と。




    最近のレオはワガママに要求します。

    声音が増えました。
    色んなトーンで吠えます。
    自発的に声にバリエーションを付けるようになったんです。

    なぜなら、その方が「虫一郎に伝わる」という事で強化されたんですね。
    これがとても嬉しいです。

    ワガママに要求してきますが、
    反面、私が「や!」「無理!」というと吠えやみます。

    以前なら傷付いて吠えなくなるところですが、
    最近は私が今は無理なのだ、という都合を伝える言葉に過ぎない。
    レオが拒絶された、と感じて傷付くような事ではない。

    「NO」が伝えられる関係になったのです。


    古典的条件付けをする時には、最初に述べたように不安もありましたが、
    注意深くレオの心にアクセスした事は本当に良かったと思っています。



    マインドコントロールを上手に使えるか否か…
    それは、使う人の気持ち次第ですね。


    心理学って魔法みたいだから、
    良い魔女になるか、悪い魔女になるか…

    ありのままに〜〜


    ああ、ワガママなレオ様…ありのまま、こういう部分は何も変わっていません。
    ワガママで自己主張が強いレオが可愛いです^^



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    JUGEMテーマ:ポメラニアン

    「問題行動があるからトレーニングするのではない」

    • 2014.07.12 Saturday
    • 16:40
    『ilove.cat』
    「キャットインストラクターが教える、猫との信頼関係の築き方」Edit&Text:Madoka Hattori
    http://ilove.cat/ja/12982

    坂崎清歌さん(http://happycat222.com)



    このインタビューの中で坂崎さんは、
    「信頼関係」の事をずっと言ってる。
    クリッカーが単なる芸ではない事。
    また、猫をコントロールする方法でもない事。

    コントロールという言葉も人により、時により、ニュアンスが違ってしまうのだけど…


    レオが怖くて吠えている時、
    吠えが迷惑なのではなく、
    吠えているレオの心情が可哀想で、
    それをナントカしてあげたい…と思っていた私。

    ↑この思いに関しては揺れた事は無かったのだけれど、
    でも、私がレオにしていた「方法」は、
    「私」が「ナントカ」させようとしていた。

    レオの為にと思ってしているのだけれど、
    レオ不在…というか。そういう事だったのだと思う。

    だから、レオは私のコントロールを受け入れなかった。

    その後、表面的に見えるやり方を変えたワケでは無い。
    なぜなら「方法」は間違っていなかったから。
    でも私の気持ち…というのか、そういうのが微妙にスライドしていくにつれて、レオの反応が変わっていった。
    文言は最初の思いと変わらないのだけれど、
    レオと向き合う時の私の立ち位置…というのか…が変わった。

    すると、レオが私の思いを受け入れてくれるようになったのだ。
    レオの反応が良くなる事で、
    私のした行動が「正しかった」のだと、レオから正解を貰う。

    その前は、私が「こうして欲しい」という「ゴール」を設定していたのだと思う。
    正解のモデルケースを設定してあって、それと同じようにレオが動くように…と。
    そういう事をさせようとすると、レオからは猛反発をくらった。



    坂崎さんがクリッカートレーニングで築いて欲しいと思っているのはこういう事なのだろう…というのは、そういう紆余曲折を経た今だから、分かるような気がする。

    でも「方法」というのは難しい。

    「クリッカーなら」「クリッカーだから」…優しい方法…というワケではないのだ。

    クリッカーを芸を教える為だけに使ってしまう人もあるだろうし、
    クリッカーを命令としてやってしまうかもしれない。
    報酬があれば優しいのか?
    叱りがなければ優しいのか?

    言う事を聞かせたい、
    自分の望んだ結果に持って行きたい、
    そういう思いで臨む限り、
    クリッカートレーニングでさえも支配的になってしまう。

    使う人、なのだ。
    学習理論に則った方法だから伝わりやすい。
    だからこそ、出来上がった「芸」という「結果」ではなく、
    作りあげていく過程で相互に繋がったコミュニケーションチャンネルを大事にしなければ。


    命令である限り、優しくは無いと、私は思う。
    レオは私が命令と思わなくても、
    レオが命令と思ったものは受け取ってくれなかった。
    こういう犬は私に「間違い」だとフィードバックを返してくれているのだから、実は有り難い。


    「命令」をされる事が苦でない犬もいる。
    いや、犬はむしろ苦にしない。
    だからこそ、クリッカーで芸を仕込んで満足!では勿体ない事だ。
    余計なお世話だが^^;


    クリッカーを命令を伝える道具にしてしまってはイケナイ。

    クリッカーで上手に指示を伝えられるようになったらそれで満足…では、大事なモノを見落としている。

    命令とコミュニケーションは違う。
    命令は一方通行だ。
    伝えた指示の結果しか見えていないと、指示が通っただけで
    「自分と相手はコミュニケーションが通じた」と勘違いしてしまうのかもしれない。

    それはコミュニケーションではなく、命令なのだ。



    コミュニケーションというのは相互に行き交うもの。

    コチラからの指示が伝わり、
    相手からの反応を確認する。

    相手からのフィードバックを受け、
    その上で、コチラの次の行動が起こり、
    それによって、また相手の行動が起る。。。

    インタビューの中の
    ―トレーニングをすることで得られる一番のよい点は?

    この質問への坂崎さんの答えがそうですね。
    相互に行ったり来たり。
    つい主観になってしまうのは、誰しも仕方の無い事なのだけれど、
    コミュニケーションは「私」の思惑だけで成り立つものではない。
    相手が人に限らず、犬でも猫でも。




    私は前の記事で、
    罰とは…
    「行動の後の嫌な事←つまり、これが罰です。」

    と書いた。
    行動が減っていったら、それが罰なのです。


    坂崎さんのインタビューでサラッと「褒め」について書かれています。
    行動分析学を齧っていないと、サラッと通り過ぎてしまいそうです。
    なぜなら「自分は褒め方を知らない」と思っている人は、まずいないだろうと思うからです。
    自分が褒め方を知らない…と悩んでいる人であれば「!」となるかもしれない。


    坂崎さんのインタビューには、
    トレーニングでいう“褒める”というのは、行動を増やすこと。とあります。


    そうです。罰は行動を減らす事。
    行動が減ってしまったら「叱った」という事なのです。
    自分は叱っていません、という人は一杯いますが、
    叱ったか否かは、ワガコが教えてくれます。
    ドッグイズミラーですね。


    褒めは行動が増える事。
    上手に「褒め」が伝わっていたら、
    褒めの前にしていた行動が増えるのです。
    褒めもちゃんと出来ていたか否かはワガコが教えてくれる。
    これもドッグイズミラーですね^^


    クリッカートレーニングを支配的な意識でしたら、
    多分「褒めポイント」を見つけられないと思います。

    坂崎さんがカメラの事をおっしゃってますが…
    絶妙な瞬間を切り取るには、技術だけはない、被写体への愛情がないと細かい観察は出来ない。。。



    私の尊敬するカメラマンの方は、空手の試合写真を撮る時に連写を使っていませんでした。
    聞くと、その瞬間を確実に撮る為には連写では難しい。
    狙ったところとズレてしまう、というのです。
    こんな早い動きの中からその瞬間を抽出して、たった一瞬のシャッターを切る…のですね。
    この方は自分でも空手をする人だったので、
    「その瞬間」を良く知っているのです。
    だから、出来上がった写真はまさに技が決まる瞬間のものばかりでした。

    指導の上手な先生の「そう!」というタイミング。
    自分では気付かない瞬間を掴まえて「出来てるよ!」と言ってくれる、その時は自分では分からないのに、その感覚を頼りにしていくと、どんどん掴めてくる。
    「そう!」を上手に言ってくれる先生の時間はコッチも楽しい。

    逆に「ダメ」ばっかりの先生もいて…
    一時間で全てを辞めてしまいたくなりました。


    …そんな事を思い出しました。

    「そう!」というタイミングを掴まえる練習。
    「褒め」を伝える練習。
    相手の反応を見る練習。
    知る練習。理解する練習。。。

    クリッカートレーニングで、犬や猫をトレーニングしていると思ったら大間違いですね。
    人間が見たり褒めたり…そういう事を学ぶトレーニングですね。



    支配性をどこかに持ってトレーニングしたら、
    こういう細かい事をすっ飛ばして、ガーッと「正解」と自分が思っている「結果」としての「芸」を押し付けちゃうんだろうな。




    実は私、レオが最初に来た時に、3日目位で「オスワリ!」ってやったんのです。お尻をちょっと押したらレオはすぐに座ったので「褒め」ました。
    ……その時のレオがどよ〜〜〜んとしてたんですよ。
    そもそも私の目すら見ないのが通常だったのですが、
    それが、より以上にどよ〜〜〜としてしまった。

    「私に褒められても嬉しく無いんだな」と思いました。

    一応食餌の前にはオスワリとかさせるべきだ…みたいな気持ちがあったので、させてはいたものの…暫くしてヤメました。どよ〜〜んが私にも辛かったから^^;

    だからオスワリという行動は強化されたのですが、今思えば、好子消失阻止の為のオスワリだったのか…


    私はレオにとって「褒めてもらって嬉しい」そういう存在ではなかった、のですね。




    そういう関係の作り方が、坂崎さんがおっしゃるクリッカートレーニングなのだと思います。

    結果として芸を教える事ではない、
    トレーニングの過程で絆を作り、互いのコミュニケーションツールを磨いて、意思の疎通を滑らかにする。

    その為にするのがクリッカートレーニングである。。。


    問題行動があるからトレーニングをするのではなく、猫が楽しんでくれるから一緒にトレーニングを楽しむ。その結果、人間から見た時に問題だと思われていた行動も改善されていく。それが私の目指すトレーニングなのです(インタビュー記事より)







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    支配性を考える

    • 2014.07.12 Saturday
    • 16:00
    犬の支配性理論から、支配性の事を考えるようになって…

    一時は自分はそんなものから卒業したような気になっていたんだけど。
    何と言うか傲慢というか^^;


    今までは支配性って、一部の人が持っている特徴で、
    ティーチャー気質とか上から目線になりがちなタイプとか、
    負けず嫌いで好戦的な人とか、
    そういう事かな…と思っていたんだけど、

    今は、「支配性は誰にでもある」って思うようになりました。

    自分が優位である事を確認する…って、
    自分の生存の可能性の確認なんだろうと思うのです。
    悪意ではなく、安心したい…という欲求なんじゃないだろうか。


    良いとか悪いとかではなく、取り敢えずある。


    人を叱ったり罰したり、自分は優位性を誇示する為の攻撃等しない…と、自分の事をそういう人間である、と思っている人は多いと思う。

    でも、そういう人が「罰」が何か知っているのだろうか!?


    または、
    自分は攻撃的だ…と本当の意味で自覚している人っているのかな?
    威張っている人だって、何かしらその「理由」を本人なりに持っている。
    「理由」というのは「言い訳」で、そういう人でさえも「攻撃的な自分」を良いとは思っていない筈だし、けして好んで自分が攻撃的なのだとは思っていないのではないか。

    まして、自分を攻撃的ではないと思っている人には、自分の中の攻撃性など全く心当たりが無いだろう。


    しかし「罰的な行動」とは、
    相手の行動を弱化させる行動だ。

    ささやかなモノでも、相手への攻撃だ。。。




    ========引用します========

    『罰なき社会』スキナーより

    罰を用いうる力をもった人々にとって、罰は報われる結果をうみます。罰をうける立場の人々は命じられるままに行動し、罰の名のもとに奪い去られたものは、罰をあたえる人々のものとなります。

    ========引用ここまで========


    ちょっとした「嫌味な言葉」「皮肉」「揶揄」「軽い脅し」…それらも十分に「罰的」な行動なのだ。

    これらを全てしません!という人なんているだろうか?
    それは、その人の心がキレイとか…そういう話しではなくて、何が「罰」か理解していないから、つい知らないで使ってしまっているのだろう。


    罰とは、
    相手の行動の直後に提示した時に、
    相手のその行動が減ったら、自分の提示した「モノ」が罰なのだ。


    罰的行動を使って、他者を操る=支配 なんだろうな。。。



    ここで、疑問が浮かぶ。

    謙ったフリして、人を操る人もいるなあ〜
    秀吉みたいな…秀吉なんか思いっきり支配性の人だし…だから当然天下人を目指したわけだし。。。

    いや…秀吉は謙ったフリして罰を使うんだよね。
    むしろ、落とす時の為に持ち上げておくような…
    って事はやっぱり罰か。



    支配性は、個人差はあるだろうし、自覚して抑えている人もいれば、
    無自覚に好戦的に振る舞っている人もいるだろう。
    上下関係を作る事を「年功序列」の「礼儀正しい」姿だと推奨する人もあるだろう。


    ただ、本当の意味での友人に恵まれ、主にその中で暮らせる人は、自分の優位性を誇示したいという欲求から遠ざかる事が出来るのではないか。
    実際、誰でも気の置けない友人といる時に、友人に向かってイチイチ優位性をアピールしたりしない。
    逆に相手に優位性があるな〜と思ってもあまり気にしない。むしろ心強く思ったりする。
    そういう関係を沢山持っていると、当然支配性とも無縁で暮らせる……そういう事なんじゃないかな〜って思いました。




    それでも、生きている限り「優位性」や「支配性」は無くならない。
    これは、生きているなら抗えない事実なのではないか…そう思うようになりました。
    だから「自分には支配性などない」…これが一番の落とし穴なのかな…という事を忘れずにいた方がいいのかな…と。


    自分の優位性がある事を確認した時、やっぱりちょっとホッとしちゃうのが人間なんだろうな…と。


    もし、支配性というものと完全に縁を切れるとしたら、
    それは「悟りの境地」なんじゃないか!? 
    なんて思った。

    ……私には勿論分からないけれど、もしかして、そうなのかもしれない。。。


    ……う〜〜む…頑張って書いたのですが、なんだから何度も書き直してスルッと書けなかった。
    まあ、自分の事を棚に上げて「支配性とは」なんて書こうとするのだから心苦しいくなるのかな?

    仕方ない!次へ進む為にアップしよう。
    不思議なモノで、多分、心当たりのある人も多いと思うのだけど、
    下書きが溜まると、ブログの更新自体が止まっちゃうんだよね。
    公開しないと、そこを保留にして次ってなぜか難しくなっちゃう。
    詰まっちゃう感じ。
    なぜなんでしょうね。。。



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    JUGEMテーマ:愛犬のいる暮らし
    JUGEMテーマ:ポメラニアン

    犬は携帯電話を理解するか!?

    • 2014.07.11 Friday
    • 12:40
    お友達ワンコのママさんと電話で話す。

    レオは興奮して吠える。
    その後「今から王子様に会いに行くよ」「王子様のお家はどこ?」と言いながら散歩の用意をしたら…
    最近、ハーネスを被る時に若干嫌がるレオが、今日は一回で被ってくれた。
    その後も、王子様方面じゃない方へ行きそうな時に「王子様だよ」って言うと、
    ストンと付いてくる。普段なら右と言えば右に付いて来てくれるけれど、でもどうしても左に行きたいんだよということもあり、そういう時はイカナイ!って言うのに、今日は王子様のお家はコッチだよ、というとスタスタ着いてくる。
    電話で王子様ママと連絡が取れる事を理解しているとしか思えない!
    ↑親バカっぷり??^^;



    電話で面白いのは、通話相手によってレオの反応が違うということ。

    それは、多分、私が違うんだよね。

    人間だって電話で話している人の声音で、どのくらい関係が近いか遠いか…話しの内容よりも声で聞き分けてたりするしね。

    レオを見ていると、
    大雑把に「仕事」「家族」「友人」というような分け方ではないようだ。

    自分に関係があるorない。
    仕事の電話は通常「ない」に当たる。
    だから意外にも吠えないので助かる。

    自分に関係がある…のが犬友さんの電話だ。
    だから、レオは吠える。
    携帯の着信音で分かってしまう。
    着信音にレスポンデント条件付けされているって事かな。



    スティーブジョブズだよね?
    パソコンは3歳でもいじれるように作るよって言ったのは。

    実際、ipadなんか猫が自撮りしてるしね。
    自撮りを頻繁にする猫は、ipadの例えばカシャ!っていう音がするのが強化子になっているのかもしれない。
    ココをタッチするとカシャ!ってなる。というような。

    そんなの猫がパソコン使った事にならないって言われると思うけれど、
    ジョブズが狙った「3歳でも扱える」ってこういう仕組みの事だよね。


    スイッチを押すと何かが起る。それがなんだか面白いから、
    またやってみる。更にまたやってみる。
    スイッチを見ると押したくなる。
    これを行動分析学っぽく言うと、

    スイッチを押すと即座にその結果が出る。
    その結果が好子となって、スイッチを押す行動が強化される。

    猫も三歳児も、大人も結局、この流れでパソコンを操作している。

    ……何のことは無い、パソコンはとても複雑な「スキナー箱」だ。



    ちなみにジョブズの目指したのは正の強化だけのだった筈だけど、
    ジョブズ不在時代のMacは爆弾が頻発したよね。
    あれは…あの時代にパソコンを始めた私にはキョウーレツな正の弱化だったね。
    もう爆弾が怖くてパソコンを立ち上げるのにも動悸がした。
    レスポンデント反応が起ってしまっていた。
    知合いの中にはMacを見るのも怖い!と新品のMacにとうとう段ボールを被せてしまった人もいる、なんて話しも聞いた。



    後から、あの時代はジョブズ不在だったと知って酷く納得。

    ジョブズが帰って来てからのは直感で操作出来る正の強化に満ちていた。

    ……でも、亡くなってしまったからね……。


    新しいMac……ちょっとねセッティングが前のよりずっと面倒だった。
    アラートが一杯出た。意味が分からないし^^;
    ok押すしか無いんだけど、
    意味不明のアラートもパソコンそのものねの「弱化子」だよねえ。。。





    さて、
    チンパンジーのアイちゃんのいる京都霊長類研究所の
    アイちゃん達のパソコンは、
    正解すると林檎の欠片が出てくるゲームセンターのゲーム機みたいなモノだ。
    もっともアイちゃんたちは単純に林檎そのものよりも、
    林檎の出る正解が強化子なのだと思うけれど。
    だから毎日飽きずに出来るんだよね。
    林檎目当てだったらとっくに飽きてる。



    猫や三歳児やアイちゃんにはパソコンの仕組みは理解出来ない。
    でも、ココを押すとどうなるかは良く知っている。
    だからパソコンは操作出来るのだ。
    おや? じゃあ、大人なら誰でもパソコンの仕組みを知っているのか?
    ……アタシは……パスだ^^;

    そうなのだ、ハードとしてのパソコンの仕組みを知らなくても操作は出来る。

    だから、犬が携帯電話……ベルが発明した最初の電話の仕組みさえも、
    それすら知らなくても、電話がどんな事をしているか…は分かるのだ。

    知能としては、電話の仕組みは理解出来ない。
    けれども、電話によって何が起るかは知っている。
    そういう働きをするものだ…というのを犬も理解出来る。

    ↑、これね、実感している飼主さんは結構いると思う。
    でも、犬の知能では説明出来ないんだよね。
    でも、行動分析学なら説明出来る。
    犬は電話の使い方を知っている。

    だから、少し前にニュースで読んだ、
    発作で意識が無くなったら、犬にスマホを操作してもらう訓練をしていた人が、
    本当に犬がスマホ操作で救急車を呼んで一命を取り留めた…という…
    これは、不思議でも何でもないのだ。
    訓練をしていたから出来たのだけど、
    叩くと何が起こるかも知っていたから出来たのだと思う。

    同様に、三歳児もママ友に助けの電話をした…なんていうニュースもあったよね。
    三歳児はこのスイッチを押すと電話が繋がる事を知っていた。
    難しい事ではないんだよね。

    行動分析学でなら説明出来る。
    鳩がなぜスイッチを押すのか…と同じ事だから。




    携帯電話が普及し始めた頃、我家にはまだ無かった頃…
    先代犬のナナちゃんは「家電」は理解していた。
    受話器を耳に当ててやって、受話器の向こうから「オスワリ」って言ってもらうと、ちゃんと座った。

    でも、ある時、公園で前を歩く人が携帯で大声で話しながら歩いていた。
    ナナちゃんは爆吠えしたね。
    だって大声で独り言をしながら歩いているんだから。
    ナナちゃんに携帯は理解出来なかった。

    でも、レオはウチに来た時から携帯があるから、不思議に思っていない。
    誰かと話している事を知っている。
    多分、電話の中に「マンド」と「タクト」がある事を理解している。




    王子様も分かっていた。
    証明は出来ないけれど、飼主さんなら分かる。
    「レオちゃんに会いに行くよ」というとスタスタと来てくれたそうだ。

    犬は携帯電話を理解している……私はそう思う。
    ……行動分析学に詳しかったら、これも説明出来るんだけどなあ〜^^;



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    メリットを選択し、デメリットを避ける。

    • 2014.07.10 Thursday
    • 23:11
    罰って何か……

    私達はメリットを選択し、デメリットを避ける事を行動している。

    …のだ、と思いました。


    行動分析学ではミミズや蛭まで扱うわけです。

    人間や、高い知能を持つ犬、鳩…そういうイキモノだけでなく、
    脳すら無いだろう…というイキモノも扱うのです。

    そして、人間の行動もミミズや蛭の行動も、基本は同じなんですね。
    凄くシンプルで分かり易いと思いました。

    メリットがあれば強化され、
    デメリットがあれば弱化される。

    それだけなんです。

    で、自分でも無意識でしている行動の全てにこの法則が当てはまっている。
    人間はあまりにも複雑な暮らしをしているから、
    その一つ一つを抽出する事が困難な位に複雑で沢山の行動だから、まさかミミズと同じ…とは納得がいかないだろうと思うのですが、
    でもミミズに比べると沢山の行動をしているだけで、
    基本は同じ。

    行動の後に良い事があれば、また次もしようと思うし、実際するし、
    行動の後に嫌な事があれば、次は気をつけようと思うし、忘れてうっかりやっちゃうと酷く後悔するし…分かってたのになあ〜みたいな。

    そういう意識に上ってくる行動だけではなくて、
    無意識の行動、習慣・毎日当り前にしているルーティンとか、
    いえ、それどころではなくて、
    瞳孔の拡大縮小、膝をコンと叩くとぴょんと足が上がるような反射までミミズ時代からの…もしかするともっと原生的なイキモノの時代からの積み重ねなんですね。


    行動の後の嫌な事←つまり、これが罰です。

    罰を受けたいイキモノはいないって事です。



    では、なぜ人は「罰」を使うのか。

    相手の行動を止めるには絶大な効果があるからです。

    だって、前述した通り、イキモノは須く罰を避ける事で生き残ってきたのですから。
    自分が生きのびるには罰を避ける。
    という事は、ライバルを不利な状況に追い込むには罰するのが有効なんですね。

    人はこれをちゃんと分かっているから「つい、叱る」のだろうな、と思いました。

    だから、無意識に相手の行動を止めようと思ったら罰=叱りを使ってしまうのでしょうね。



    「しつけ」を考える時に、
    望ましくない行動を止めよう…というのが念頭にあったら、
    当然、止める為の罰や叱りをつい使ってしまう。
    哀しいかな…そういう事なのかな〜と。

    だから「しつけ」を考えるときこそ、意識して、
    「止める」事ではなく、別な行動を引き出す事を考えると良いのかな、と。

    頭を切り替える。
    本能的に、無意識に罰を選んでしまう頭を、
    意識して思考する事で報酬に切り替える。

    これが人間として生まれたからこそ、するべき事なのではないか…と思います。



    私という人間は……出来る限り罰を避け、なるべく沢山のメリットを選択する事、その集合体の今の私なんだろうな。



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    オヤツで犬を罰していませんか?

    • 2014.07.10 Thursday
    • 20:16
    http://www.psy.ritsumei.ac.jp/~mochi/ryakureki.html

    『望月昭のホームページ: MARUMO50』

    上記サイトより、
    スキナーの『罰なき社会』を読む事が出来ました。


    行動分析学の存在を知って、少しだけ意味が分かって来て、
    そして『罰なき社会』を読んで、まさにコレだ!と思いました。


    皆、罰をけして良いものとは思っていなくて、
    出来れば、罰無しでなんとかならないか…って思っている。
    だから様々な議論があるのだけれど、
    その議論でさえ、
    まず「何をもって罰とするのか」のところでつっかえちゃってる。
    私にはそんな印象があります。

    痛さの強度によるとか、
    互いの関係性によるとか、
    気持ちがこもっていればとか、
    やられた方が納得すればとか…

    これ、どれも「ツカエナイ」。。。
    文言としては合っているようなのですが、
    正しい事を言っているような、
    そういう事はあるね、って納得しそうになるのですが、
    いざ、実際に事件が起って、それに当てはめると、
    「絶対的な指針」になってないんですね。
    見解が人それぞれに分かれてしまう。

    だから家庭内の児童虐待等を未然に防ごうにも、
    「こういう事すると、たとえ親でも社会の代表が家庭内に踏み込んででも子供を親と引き離しますよ」ってハッキリクッキリ明確に言えていない、のが現状なんだろうと思います。




    ところがですよ、スキナー先生の行動分析学では、
    「罰」が何か、
    もう、ハッキリクッキリしちゃってるんですよ。

    でも、これ、行動分析学の専門家…それを学んだ人しか理解してないようなんですよね。

    ブラック企業問題だって、この『罰なき社会』の中で、まるで予言のように書かれている。

    「賃金」は報酬…だと思いませんか?
    働いたら、賃金を貰える。
    賃金という良い事が起るから、人は喜んで働く……というのは、普通の一般的な考え方だと思うのです。

    だから、ブラック企業も「ただ他の企業より労働条件が厳しいだけの話しではないか?」と捉える人も多いのだと思います。

    これ、労働条件の違い…って話しじゃ無いんですね。

    『罰なき社会』の中でこう書かれています。

    =====引用します。========

    労働者たちは賃金のために働くのではなく、
    解雇されて生計がたたなくなることをおそれて
    働くようになってしまったのです。

    労働者たちは監督のもとにおかれ、監督者は、教師と同じように、叱るか小言をいうようなときにだけしか反応しようとしません。監督者が叱るよりも営める(原文ママ…褒める?)機会を見つけるように教えられると、労働者たちの仕事は改善され仕事が好きになったと言うようになります。労働と最終生産物との関係を明白にすることも大切です。


    =====引用ここまで========

    労働が賃金を得るという報酬を目的としてものではなく、
    解雇を恐れての、罰を避ける為の行動になってしまっているのです。
    これが「ブラック企業」というモノです。

    単に、給料が安いとか、拘束時間が長いとか、労働条件が悪いだけの話しではないのです。
    ヤリガイを持って働いているのであれば、人の心はそう簡単には疲弊しません。

    「労働と最終生産物との関係」も見えなければヤリガイは感じられません。
    また、常に叱責だけで、善い行いを褒められるという事も無く、
    労働条件はひらすら厳しく、報酬も少ない……しかし、失職する事を恐れて職場へ向かう。。。。
    これでは心が壊れてしまわない筈がない。。。



    ここで、私達が理解出来る事は、
    「賃金」は報酬とは限らない。
    その提示の方法によっては「罰」と成り得るという事。

    つまり、私達は通常、
    賃金は報酬だから褒め、
    叩くのは痛いから叱り…と判断しがちですが、
    問題は「何が」ではなく、どんな「機能」で働いたかなのですね。


    どんなモノでも、罰として機能させる事が出来るのです。

    犬のトレーニングで、食餌前に「オテ」や「マテ」をさせる。

    犬がこの後ごはんが貰える〜っと喜んでしているならば、それは報酬として機能しているでしょう。

    ところが、ウンザリと「これしないと飯もらえないし、やらないと叱られるしな…」という事であれば、この食事は罰的方法となってしまう。
    ブラック企業の賃金と同じです。


    ↑擬人化ですから、これでは想像に過ぎませんが、
    行動分析学でデータを取れば罰として機能しているか否か、調べる事が可能です。


    私の知識では…
    多分ですが…前者は食餌の前にオテやマテをする行動が増えれば、正の強化。

    後者は…どうするのかな?
    ちょっと分かりませんが…

    一見、どちらも食餌の前にオテとマテをさせているだけなのに、
    前者はオテとマテをする行動が増え、オテもマテも確実に上手に出来るようになっていく筈なんですが、

    後者はそうではない。…何かが違う。
    私はまだ行動分析学を使って説明出来ませんが、
    多分、オテと言われて前者は嬉々とし、後者はウンザリするんですよ。

    それで、従来のトレーナーさんは、
    「もっと楽しそうに!」とか言うのでしょう。
    でも、後者の犬にとっては「楽しそうに」言っても「白々しく」見えるだけなんでしょうね。

    これでは擬人化なのですが…行動分析学で説明出来ればなあ〜
    擬人化による主観的な想像ではなく、実際の犬自身の「思い」を分析する事が出来ます。



    オヤツだから報酬…とは限らない。
    大切なのはその使い方=機能。


    このあらかじめ報酬になりそうなモノを取り上げてしまい、
    「欲しかったら●●をしなさい」テキな方法は、
    一見「報酬」を使った犬に優しいトレーニングに見られると思うのですが、
    「好子消失阻止による行動の強化」であって、
    単純な「正の強化」ではないんですね。

    だから「好子消失阻止による行動の強化」だからダメというのも違うと思うのですが…

    単純な「正の強化」であれば拗れないと思うんですよ。

    レスポンデント条件付けがまだ十分でないウチに、
    正の強化のつもりの「好子消失阻止による行動の強化」をやってしまったら、これは拗れると思うんですよね。

    だって、関係が築けていないのに、
    飼主さんが「まず報酬を取り上げる人」というのがデフォルトなんですから。
    取り上げるがスタートラインなんですから。

    オヤツの使い方を間違えている、
    「犬は食いしん坊だから餌で釣って我慢させる」テキな発想が根底にあるトレーナーさんだと、まずこれをやっちゃうのかもしれません。

    それでも楽しく着いて来てくれる犬もいる。
    犬だから大半は着いて来てくれる。

    でも、そうでない犬もいる。

    初めから100%人に体を預けていない犬が、
    人がまず取り上げるところから自分にアプローチしてきたら、
    これはもう、犬だって疑心暗鬼になるでしょう。
    オヤツが出ると何かさせられる…楽しくないトレーニング?痛い思いの我慢?という感じでしょうか。。。

    でもオヤツが欲しいから耐える、ダメって言われないウチに隙をついて素早く食べる。
    素早くしないとイケナイから慌てるし、慌てるから興奮する。興奮すると叱られる…。
    挙句はオヤツは興奮するからダメと取り上げられる。
    だから、タマに出てくるとこれまた以前にも増して大興奮!
    しまいには、横取りされないようにフードアグレッシブな犬の出来上がり…という悪循環かな。。。

    …というワケで、
    オヤツだから単純に報酬とは限らない。

    オヤツを罰にして、犬に間違ったトレーニングをしてしまう。。。
    人間の無知なのに、犬が悪者にされちゃう。。。

    オヤツが悪いのではなく、
    こういうトレーニング法をしたがる人は、
    なんでも「取り上げて」る事から初めてしまうから犬の心が飢えてしまうんでしょうね。。。



    こういうのを行動分析学を使ってスッキリ説明出来るようになりたいな。現状のママでは自分がスッキリしないもの。

    行動分析学では「環境の管理」って言うのかな。
    例えば、空腹な方がオヤツの効果は高いから、
    食餌前に訓練すると効果が高い。
    だから食餌前にオテとかするとイイよなんて言うんでしょうね。

    でも、罰テキにする人は、この環境の管理も、
    敢えて飢えさせてから行う、なんていう事を堂々と言ってたりするので恐ろしいです。

    一見、応用行動分析学の環境の管理に倣った方法のようで、
    素人が聞いたら「正しい」事のように思えてしまうのです。

    満腹の時でなく、空腹の時にトレをするのと、
    あえて飢えさせて訓練入れるのは全く違う…という事が、
    行動分析学でなら説明出来る筈なんだけどな…。

    素人には可哀想じゃないことが可哀想に見えたり、
    可哀想な事を「このコの為に心を鬼にしてでも」なんてやっちゃったり…

    強引なシャンプーや爪切りも拷問だ、という事に気付かない…だから素人なんですけどね。




    まだ、不勉強なので行動分析学を使っての説明は私には無理ですね。
    ただ、私の中でザックリ掴めたのは、

    罰は何か…という時に、

    痛さの強度によるとか、
    互いの関係性によるとか、
    気持ちがこもっていればとか、
    やられた方が納得すればとか…

    これらは主観によるもので、
    大勢の人とで統一を図れる基準となるモノではないって事です。

    でも、行動分析学を使えば、
    何が起こっているか分析出来るから、
    一見罰に見えないモノでもちゃんと罰である証明が出来る。


    まず、人類は(でっかく言いますが、スキナー先生はその位の規模の事言ってますよね)ここの理解に立たないと、
    互いを罰し合う、その果ての戦争から逃れられない。

    私は、そういうメッセージを受け取りました。


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    変な汗をかく時はどうしたらいいの?

    • 2014.06.24 Tuesday
    • 12:39
    私はパーソナリティテストとか、
    自己啓発とかから心理学を自分に利用するようになったので、
    認知の枠組みを変えるとか、内観テキなものが…なんというか好きだし、得意なのだと思います。

    自己分析…みたいなのが好きなんですよね。
    行動分析学で言い換えると、
    「あ!そうか」みたいな「アハ体験」というのかな?
    それが「強化子」となっている…というような。



    そして、そのような方法は、
    現在の心療内科等では標準的な方法なのだと思います。

    それをカウンセラーの助けを借りて行い、
    悪い方へ考えてしまう自分の考え方のクセを変えていくのが認知行動療法ですよね。


    『認知行動療法とは』
    http://www.ncnp.go.jp/cbt/about.html



    …でもね、心療内科、専門家といっても…まあ、相手も人ですから…
    ウツを患う友人が悪化してたりして…
    勿論、投薬等のバランスとか色々あるのでしょうが、
    友人の告白で印象的だったのは、
    「分析された事で『そうなのか!』と思ったけれど、
    その事によって、余計に怖くなった」とかね。
    分析して問題と直面して、それじゃあダメだから考え方を変えよう…みたいな事だから、
    カウンセラーによって、クライアントが耐えられると判断されたの現実に曝される事になるのですが、
    カウンセラーのその判断は果たして適切なのか?

    少なくとも、私の友人の最初のカウンセラーは友人には負荷を掛けてしまった。
    そして、友人は病院を変えたのですが…。

    フィードバックは心が健康な時でも受け取るのは簡単な事ではないものです。

    むしろ、人を傷付けるのには、こんなに力強い凶器はありません。
    バブル時代に流行った金銭目的の自己啓発セミナーは、この手法を使います。
    ネガティブ・フィードバックで参加者を徹底的に挫いて虜にするのです。

    新興宗教や、怒りっぽいカリスマが中心となった何かの集まりも概ね、この手法ですね。




    人の心を挫く事は簡単です。
    反対に壊れかかった心を丁寧に丁寧に修復していくのは本当に難しい事だと思います。
    心が健康を損なっている時に更に傷口と向かい合うには専門家の繊細なフォローアップが必要なんだろうな〜と想像します。






    ちょっと話しが飛びますが…

    私、タバコを吸っていました。
    もうず〜〜〜〜っと昔ですが。
    一日に一箱くらいを5年程。
    禁煙したんです。

    自力でタバコを辞めた私は意思が強いわ…なんて思ってたんですけどね。。。

    禁煙にあたって作戦を立てました。
    愛煙家だって一日中吸っているわけではない。
    ただ一日に何度か「無性に吸いたくなる時がある」。
    だから、とにかく無性に吸いたくなる時に神経を集中して耐えよう…って思いました。

    それは主に食後ですね。
    今思うとなぜ食後の一服が美味しいのか全く理解できませんが^^;
    愛煙家だった時は食後の一服の為に食事する…位な感じでした。

    そこで、食後、万が一吸いたくても5分は我慢する…とルールを作りました。
    と同時に、タバコを吸っていて不味かった時の事も思いだすようにしました。
    いくら愛煙家でも吐き気をもよおすような経験もあるのです。
    それはタバコを吸い始めた頃の味とか…
    (最初はマズいのにそれでも吸い続けるうちに美味しくなっちゃうんだよね。)
    吸い過ぎたりして気持ち悪くなった時の味とか…
    一番キョーレツだったのは、ジタンというタバコの事を思いだす事でした。

    長さは4センチ位、太さは直径1センチ位のタバコで確かフィルターの無い両切りだったと思います。

    友人と呑みながら吸ったら…これがいつものタバコの百倍位の濃い味で流石に一口で気持ちが悪くなりました。
    オマケに呑んでいたし、悪酔いしました。

    禁煙を始めてから、何かの拍子にタバコが吸いたくなると、この時の味を具体的に思いだしました。

    そうして、私の禁煙は成功し、今は最先端を行く嫌煙家と自負しています^^

    私はずっとこの方法を「認知行動療法」的な手法を使ったのだと思っていました。
    「タバコは美味しい」と思っていた自分を、
    「タバコはマズい」と気持ちを切り替えさせた。
    自分の強い意思で頑張ったのだ…と。

    ところが、最近、確かに認知行動療法で「タバコが不味い」と認識を変えようとしたのですが、実際の手法は応用行動分析学だったのではないか、と気付いたのです。


    行動分析学の本でも、ダイエットや禁煙がなぜ成功しないのかという事がよく取り上げられていて…

    ダイエットは食事を我慢しても30秒以内に体重が減るわけではないから強化されない…とかね。

    タバコも健康に害がある…ということを十分に承知していても、害があるのは数年後…なので弱化子が作用しない…とかね。


    でも、私はタバコの直後、それこそ0.5秒以内に作用する弱化子(嫌子)を自分に用意する事に成功していたのです。
    そうです、マズいジタンorz

    タバコの箱を見ただけでジタンの吐き気を意識して思いだす。
    それを繰り返したのです。

    「嫌子出現阻止による行動の弱化」で禁煙に成功したのです。

    でも、この場合、嫌子は自動的には出現しないので、自分の意思をコントロールして出現させる必要があり、それは認知行動療法でした。




    私は素人ですが…

    ああ、今びっくり「しろうと」を変換しようとしたら、
    「知ろうと」になった。
    素人って知ろうとしている人なのかも^^


    私は素人ですが、
    こうして、認知行動療法と行動分析学をちょこっとずつ見ていて、
    これらはどちらも一つだけでは欠けている部分があるように思えます。特に自分に使う時はどちらも必要な気がします。



    認知行動療法の欠点は時にクライアントを追いつめてしまう、ということ。
    自己概念の崩壊を迫るわけですから、
    その向こうに新たな生き易い概念が絶対にあるよ…と言われても崩壊しかけた概念の中に閉じこもって前にも進めず、後へも下がれない…そういう状態に追い込んでしまう…かもしれない。
    なぜなら、行動分析学の方達が声高に言っているように、これが「医療モデル」「循環論」だからですね。

    応用行動分析学が難しいのは「自分に使う時」のように感じます。
    他者に使う場合の事例や成功例は一杯目にするのですが…
    どうも、ダイエットや禁煙に自分で使えないのが難点ですね。

    ただし、行動分析学は「行動を変えるってことに関しては、行動分析学は行きついちゃってる」んですよ。
    http://ameblo.jp/dogluck-1678/entry-10401469150.html

    …まあ、私はそんなにちゃんと理解してないですけど^^;

    だから行動分析学が使わないテはない。

    しかも、人の場合だって、恐怖の反射まで言ってしまったら認知行動療法だけでは難しい。

    球技が苦手でボールが飛んでくると目をつぶってしまう人に、
    鬼コーチが「目をつぶったらボールが見えるわけがないじゃないか!頑張ってしっかり目を開けろ!」と。。。

    これ…ムリです。
    怖いから…じゃなくて、反射までイッチャッテルから。

    昨日の私の「レオの吠え声と私の感情が想起される関係」も…
    固まるとか、立ちすくむとか、「悪い汗をかく」とか…
    これは慣用句ではなく、実際にじっとりと汗をかいてしまうような人に「頑張って動いて!」「平気なそぶりをして…」は、無理なんですよね。反射だから。

    こういう場合は応用行動分析学で一番小さな刺激からコツコツと脱感作して…とかじゃないのかな。。。


    私はソフトボールの時は、自分が安心出来るグローブで、
    ゆる〜いキャッチボールから始めたのでした。
    ボールが補給出来るようになれば自然に目をつぶる必要が無くなっていた。
    「目を開けろ!」が先じゃないんですよね。

    認知行動療法=医療モデルだと「目を開けろ」が先だったりしますけど。。。



    なんか、また何も纏まっていませんが^^;





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    レオの吠えに一番ハマっていた頃のこと。。。

    • 2014.06.23 Monday
    • 19:53
    評価:
    青木 愛弓
    誠文堂新光社
    ¥ 1,728
    (2008-10)
    コメント:インコだけじゃなく、というか、むしろ犬のトレーニングに良いらしいよ。。。


    レオ様……爆睡中。。。


    何? いえ…歯が出てたんで^^;


    zzzzz……



    レオの為に行動分析学の事を知ろうとして、
    古典的条件付けって何か…とか少しづつ分かってきて…
    あれ? それって自分だったら…? みたいな事を考えていたら…

    レオの吠えも、レオが怖いと思うモノに古典的条件付けされてしまって、
    「怖い」と思ったらすぐスイッチが入ってしまうようなものなのかな。
    そのレオのスイッチが入る前に自分に出来る事は何かないのか?
    みたいな対応をしていたのですね。
    その頃は犬はむしろスタンダードのブルドッグでも
    ピットブルでも挨拶してましたよ。
    私が変な先入観でビビらなければ大丈夫!みたいな根拠の無い自信^^;

    レオが苦手にしていたのはバイク、車、雨の日の人、猫、鳩…など。。。

    とても興奮して吠えるので、興奮し易い犬なんだとも思ってましたね。
    後で、むしろ何も無ければはしゃだりしないテンションがとても低いタイプだと思うようになりましたが。




    最初は、
    怖いと思うモノに近づかないように、とか、
    怖いと思うモノを避ける、とか、 そういう事をしていて。。。

    レオの怖いモノが何なのか?
    一生懸命に追いかけていた。
    レオより先に見つけて「早目早目に対応出来るように」と。

    そうしたら、レオが吠える前に「こりゃダメだろう!」みたいに分かるようになった。
    そして案の定吠える。
    「やっぱり吠えた」「ダメなんだ」「これも避けなきゃ」みたいな。

    ところが、その「苦手」はどんどん増えて行く。
    全く大丈夫なお友達に囲まれながら、
    犬が通りかかる「レオちゃん大丈夫?」
    知らない犬だが、黒い? 和犬? 大きい?
    なんて私が思っているウチに吠える。

    2〜3歳までは「レオちゃんはどんな犬でも大丈夫でいいわね〜」って言われていたんだけど…。
    いつなにがどうしてこうなったのか?
    私自身も混乱していた。



    ……最初は「突進」を止めさせようと思ったのだった。

    レオは犬を見るとダッシュする。
    駆け寄って匂いを嗅ぐ。
    私もそれを口実に相手の犬に近づけるし…みたいな気持ちだった。

    でも、犬語を少しづつ知っていくと、
    相手の犬が嫌がっている事に気付いた。

    レオは自分から距離を縮める側だから怖くないのだ。
    むしろ、嗅げなくて情報が得られない方が怖いのだ。

    でも、犬のマナーとしては突進は相手の犬を威嚇する。
    それを知らなかった頃は突進して臭いを嗅がせてガウっていわれて、
    「ウチは大丈夫ですから気にしないで下さい」なんて言ってた。

    とんでもない、レオが突進して自分勝手に臭いを嗅いでいたのだ。
    痴漢しておいて、怒って殴って来た女子高生に「痛くないから気にしないで」って言ってるみたいだorz


    犬のマナーとしては、ある程度近づいたら一回立ち止まったり、
    地面の臭いを嗅いだり、カーブを描いて迂回したり、目線を逸らしながら近づいたり、
    すぐ近くへ来たらちょっと会釈してみたり……そんな色々な動作がある。
    これって人間も同じだね。
    相手との関係性や、その個体の好みや伝えたい事で動きは変わるのだろうけれど。
    とにかく、真っすぐ相手に向かわない、というのが犬マナーだ。

    でも、飼主さんが犬同士挨拶させたいって思っていると、
    犬のリードを引きずってでも真っすぐ「ホラお友達よ」なんてやるから困る。
    突進する犬を「犬が好きな犬なんです」とダッシュで近づける人もいる。
    …私もそうだったのだ。



    そういう犬マナーを知って、
    レオを興奮させない(突進って大興奮でダッシュするので)という事と、
    犬に優しい犬になって欲しいな〜という気持ちと…
    それで、犬に突進させないようにし始めたのだ。

    すると、相手の情報を得手勝手に得られなくなりレオは不安になったんだね。
    犬を見ると…私の想像だが、
    「匂い嗅がせろ〜」とか
    「オレ様の前を通る時は挨拶していけ!」って吠えるようになったのかな…と。


    どんな犬でも大丈夫なレオちゃん…でなくなってもいた。

    突進を止めただけが理由ではなく、オス犬として成熟したからでもあると思う。

    3歳までは自分がどんどん成長して追い越すばかりだったけれど、
    3歳を過ぎたら、若いオス犬に追い越されるケースも出てきた。
    未去勢のオス同士なのだから仕方がない。
    どちらが悪いのでもない。

    というわけで、
    本当に苦手な犬と、確認出来ない不安で苦手な犬が増えていった。

    この時の事を、少し前に気付いたのだが、私の中でも変化があったのだ。

    レオの吠えにアタフタと対応していくうちに、
    私自身がレオの吠えに古典的条件付けをされてしまったのだ。
    レオが吠えると、焦ったり緊張したり…
    レオの吠えによって、私が不安な気持ちになる…そんな感じ。
    誰も私に「吠えさせてはイケナイ」なんて言っていない筈なのに、
    私自身が吠えて欲しくない、そんな気持ちになっていたのだ。
    レオの吠えで私が不穏な気持ちになってしまう。
    そんな古典的条件付けが成立してしまったようだ。

    レオが吠えないように、吠えの先行子となる刺激をレオよりも先に見つけようとする、
    すると、私のその「気持ち」…行動なのか臭いなのか気配なのか…とにかくレオには分かる…によって、元々のレオの吠えの原因であった「他犬」や「バイク」よりも、
    私の行動の方がレオにとって「吠え」の先行子となってしまった感じ。
    私は焦ったり変な汗をかいたり^^;

    鶏が先か、卵が先か…という感じ。





    仕方ないよね。
    私自身が応用行動分析学の専門家や、優れた犬のトレーナーか、スキナー箱みたいに淡々とするべき事を出来れば良いだろうけど、
    そういうワケにはいかないから互いが刺激し合って複雑な連鎖が生まれていく。
    思いがけない反応が起ってしまう。。。

    ああ…そんな事もあるんだ、と気付いたのは行動分析学の本のどこかを読んでいてだったのだけど…今探したけれど見つからない^^;


    私の変な汗がレオの吠えのキッカケとなってしまっているとしたら、
    私が変な汗をかかなければいい…のだけれど、
    レオが吠えをナントカして止めなければと思うから変な汗が出るのであって…と、言う感じ。
    (↑これ…○○論ですよ^^)



    レオの吠えだけでもグルグルと輪を描くような無限の永久機関のように思えてきているのに、
    そこに自分自身の気持ちの揺れが加わると…
    まるで互いの堂々巡りが重なって8の字を描いたメビウスの輪のようだ。。。

    こんな事になるなら、いっそのことトレーニングなんかしない方が良かったのか?
    という言葉が頭を過る事がある。
    レオは吠えたかもしれないが、少なくとも私は吠えの特別な条件付けはされていなかったハズだ。
    だからもっと暢気でいた筈なのだが…。
    その方が変な汗をかかないからむしろ良かったのではないか!? みたいな。

    いや、それは違う。
    そもそもなぜトレーニングを始めたのだ?
    バイクに吠えずにはおれない苦しさから救う為ではなかったのか?
    トレーニングしないということは、
    前へは進まないということだ。
    ともすれば、それは後退する事に等しい。
    …というか、年齢とともに後退するだろう。



    「叱らない」という軸が確固としてあったから、
    悪い連鎖の中にあってもがいていても、
    レオとの暮らしや散歩自体は楽しかった。
    確かにどうしたら良いのかな?
    と始終考えているのだが、それもまた実は楽しいのだ。

    でも、そんな時も「アナタがそんなだからレオが吠えるのよ」という声が聞こえる。

    確かに、現実問題として「私」がナントカなれば、レオの行動は変わる。
    文言としては正しいのだ。
    しかし、この連鎖の中で「飼主さんがそんなだから」「飼主さんが変われば犬も変わる」は正しいようで実は正しくない。
    私が追い込まれたように、百害あって一利無しだ。
    なぜなら…今なら科学的に分かる……
    これは「循環論」なのだ。

    犬が吠える。
    飼主さんの行動がイケナイから。
    だから飼主さんの行動を変えればいい。
    ……一見正しいようで、どうやって変えれば良いのかはサッパリ分からない。
    だから「飼主さんがそんなだから」は意味が無い。

    愛があれば…
    犬を思う気持ちさえあれば…もダメだ。

    気合いと根性で乗り越えろ!…的な所謂、根性論だ。
    闇雲に力任せに踏ん張れば良いというものではない。



    もがきながら、
    どこかでこの悪い連鎖を止める楔を打ちたい…それはほんの小さなキッカケで可能だ…



    そんな事が頭のどこかにあったような気がする。

    楔となる小さなキッカケとは、「成功体験」だ。



    とにかく、この当時は巨大なジグソーパズルの小さなピースを拾い集めるような感じだったが、
    とにかく色々やっていたから、びっくりする程連鎖して吠える事もあるが、
    全く逆にどうして?という程吠えない時もあった。





    そういう事を繰り返しているうちに、
    「やはり私だ」と。
    正確には「私のリード使い」だと思った。

    雨の日に吠え易く、それは雨のせいだと思っていた。
    ところが、ある日、いつもは雨の日用に最初に買った少し小さめのハーネスで散歩に行っていたのだが、何かの思いつきだったか、洗濯でもしていたのか…
    昼間使っているハーネスで出掛けた。
    すると、いつもの雨の日なら吠えてしまう傘をさした黒っぽい人影に反応しない。

    ハーネスがキツい為に僅かなリードの張りが伝わるのか?…と仮説を立てた。
    雨でない日にキツい方のハーネスを使ってみたりすると…やはりそんな感じがする。

    私の方はリード使いを慎重にすることと、
    タンタンマーク♪を確実に使う事にした。
    タンタンマーク♪はレオにとって既に確実な好子になっていた。

    リードが張るとタンタン♪ 等はしていたので、
    僅かなりリードの張りも見逃さないように…タンタン♪

    更に「吠えていない」という「状態」の「強化」の為に何でもないかのような時もタンタン♪
    実はこれがレオが苦手なモノが近づいて来る時に効果があった。
    レオが静かに匂い嗅ぎをしている。
    苦手なモノが近づくが、私はリードを握り直したりしない、
    ただタンタン♪と。

    最初はドキドキした。
    何しろリードに緩みがあるのだから可動域が広い。。。
    ところが…だ、レオは自分の意思で臭いを嗅ぎ続ける。
    最初は偶然か、夢中で気付かないのか?と思った。
    だが、何度もそういう事があって確信に変わった。
    意図的に嗅いでいる!

    その証拠に「自称犬好き」な人が私のすぐ後に立ってレオを見つめている時がある。
    私が、その人を3秒以内に追い払わないと…レオはワワワワワン!と言うことになる。


    「リードを緩めれば上手くいく」
    これは知っていた事だし、大旨は緩んでいて、緩んでいる時は上手くいっていた。
    しかし、最も危険な場面で緩めるというのは度胸がいる。
    失敗の経験だけは一杯あるし…


    でも、最初は見逃していたと思われる「リードが緩んでいたから吠えなかった」という「成功体験」を自分で意識して「今出来たぞ」と心に留められるようになって、
    その小さな一瞬の成功は自分の自信になっていった。
    出来る時と出来ない時がある。
    出来ない時も、出来た時の自信を手放してはならない。
    遠慮がちな人は手放してしまう。
    私は図々しく持ち続けた。

    自分で自分に自信を与えないと、
    たとえ人から褒めてもらえてもお世辞だ…とせっかくの肯定を否定してしまう事だってある。
    だから、自分で拾った小さな自信を簡単に手放してはならない。

    この「小さな自信」こそが、
    悪い連鎖のメビウスの輪に打った「楔」だったのだ。



    そうするウチに、
    「レオ君が笑っているよ」とお友達に言われる事が多くなり…
    写真まで撮ってみせてくれた。
    この「肯定」は私に大きな自信をくれた。
    「大丈夫よ」という言葉がちゃんと本来の意味を持って私に届くようになった。




    堂々巡りの連鎖には、犬のトレーニングに限らず、
    どんな事柄でも陥る危険がある。
    一生懸命やっていればいるほど、それは深く陥るのかもしれない。


    でも、もがきながらもやっている「何か」は絶対いずれ繋がる。
    全く意味が無いように思える事が、
    土台になって安定感を添えていたりする。
    無駄な頑張りはない。

    連鎖に陥り易いのは多分、遠慮がちな自己評価低めの人かもしれない^^;
    ↑ああ、これはラベリングだけど。


    …というワケで、
    かきたかったのは、
    行動分析学で愛犬に心地良いレスポンデント条件付けをしてあげたいと、
    頑張っている飼主の方がいつの間にか、
    犬の吠えや咬みに不安なレスポンデント条件付けされたり、
    その状況から抜け出そうともがいてみたものの、
    待っていたのは「循環論」に追いつめられる…という本末転倒なお話……でした^^;






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    レオとのブラッシングの変遷。。。

    • 2014.06.18 Wednesday
    • 13:22
    評価:
    ---
    ヤマヒサペットケア
    ¥ 1,050
    ()
    コメント:これだ!ブラシの部分の角度が変えられるので、斜めから梳かす時もブラシと毛並が揃え易いのかな…なんて思って買いました。


    ↓これがレオの為に用意したお手入れグッズ。

    ブラッシングはレオが来てすぐからなんとかしなくちゃ!とやってきたので、
    まだチャーリーママさんとか、トレーニングとか、
    ましてハズバンダリートレーニングなんて全く知らない、
    でもナントカしなくちゃ!って言う感じでした。
    で、ブラシが徒に増えていったんですorz


    ピロコームは柴犬君にあげちゃったんですけどね。
    ピロコームは整髪料を使わないポメには絡み過ぎました。

    でも、後から分かったことは、
    普通の櫛が使えればそれで良いのです。
    いつの間にか、普通の櫛で不自由しなくなっていました。。。


    最初は右下のスリッカーのみ。
    先代犬はスリッカーのみで済ませていたので。
    先代犬には嫌がるのを押え付けて強引にしてました。
    レオは身体が柔らかいので無理矢理押え付けて…ということが出来なくて、いよいよ工夫しなければ…なんて思ったのでした。
    まず道具かな?って思ったので、もう少し粗めのブラシと思ってシャンプーブラシを追加。 
    左下のです。
    これでも最初は私が「毛を抜きたい!」という意思でゴリゴリやっていたので嫌がりました。
    そこで、右上の豚毛ブラシ=私用で、結構高かった=をレオに…。
    これも絡まると…
    では、とにかく毛を何かで撫でられる事に慣れてもらおうと思って左上のタワシを百均で。

    タワシでは毛の中の方には入っていかない感じだったので、
    とにかく「撫でる」事に「慣れる」と、私も意識していた気がします。
    マッサージ的なモノを気持ちいいって思ってくれると良いな…と。

    タワシで撫でる事自体は嫌がらないのでした。
    結構気持ちが良いようです。
    でも「毛を抜こう」という意思で力を入れるとダメです。

    それで自分がゴシゴシしているのが「強過ぎる」ということが分かりました。
    なるべく毛を抜きたいのですが、そう思うとゴシゴシしてしまう。
    それではブラシそのものを嫌がる。

    この時知っていたのは「爪切りは全部を一度にしようとしない事。一日一本から…」でした。
    今思えば、一本でも急ぎ過ぎなのですが…

    とにかく、毎日どこかにブラシを当てればOKを目標にしました。
    その時に、嫌がらないように私が工夫する。。。

    すると徐々にシャンプーブラシを受け入れてくれるようになり、
    それなりに下毛も取れるようになりました。

    でも、スリッカーはなかなか受け入れてもらえません。
    右下の大きい方です。
    スリッカーに持ち替えて一撫ですると「…う〜」って^^;
    それで小さなスリッカーでピンの先に玉を着けてあって針金の痛さが無いような…


    これを買ってみました。
    大きなスリッカーよりは良かったみたいだけれど…
    気持ちよいマッサージにならないようで。。。

    で、長くシャンプーブラシのみの時間が続きました。

    まあ、とりあえず梳かせないワケではなく…

    それが…です。
    最近、櫛を使っていてもうっとりと寝てしまうようになりました。

    櫛では通すだけで大変なのですが…

    ポメラニアンは、ダブルコートと言っても、直毛で短毛の柴さん達のように、
    ズボッとボロモウフにはならないのです。

    上毛の根元にマープ増毛法のように死毛となった下毛が絡まっているのです。
    これを数日放置すると「毛玉」の完成ですね。

    目の粗いシャンプーブラシではなかなか細かい部分は難しく。。。

    櫛は地肌に水平に挿すようにしました。
    そのまま上に引き抜くと絡んで痛いので、
    水平に挿しては戻して引く、だけを繰り返します。
    何度か挿すうちに根元の絡みが解けてくるようです。

    そして、この方法ならレオにもとても気持ちよいようで寝てしまうのです。

    更に、この櫛入れをするとびっくりする程に毛がフワッとします!
    もうね、綿菓子みたいなの。
    根元に空気が入ってエアリーな感じです。
    私は犬をトリミングに出した事がないので、分からないのですが、
    きっとこんな風になるのではないか?って思います。

    なかなか毎日綿菓子には出来ないし、
    シャンプーも犬用のリンスも整髪料も使わないし、
    散歩の後は必ず上毛に水だけのシャワーをして、
    腹から下は水に浸けて洗うので、
    綿菓子はあっという間にヘタってしまいますが^^;

    ブラシ&コームでレオがうっとりと寝てしまうのがとても幸せです。

    押え付けて下毛を引っこ抜いていた先代犬とは大違いです。



    そうして、被毛の手入れをしているうちに色々思う事があります。

    被毛は健康状態を表す。
    被毛の健康な犬はモテる。

    でも、整髪料で「作った」健康は…
    飼主自身も、本来の被毛の状態を把握出来ないから危ないと思います。

    昔…体育の先生が透明や薄いピンクのマニキュアを塗っている子に言ってました。
    「アナタの健康状態を知りたいから、塗らないで…」と。

    免疫力や、アレルギー、腸内環境…
    そういったものは、被毛の状態に現れます。

    櫛を入れて綿菓子のようになると、
    地肌に新鮮な空気が入る感じがします。
    これは多分、地肌に良いです。

    私自身も自分の髪を梳いていてこの地肌を目指している気がします。



    犬がベッドで寝ている姿を見るのは本当に幸せ♡
    これ、なぜなのでしょうねえ。。。




    レオはヒトリで寝ている時はうつ伏せです。
    せいぜい横向き。

    でも撫でていると…


    なんだか、段々開いてきて^^;


    ヘソ天になります。

    ブラシ&コームで寝てしまう時も、
    ヘソ天になります。
    お腹に櫛を入れられる日が来ようとは。。。。
    お腹もコーミングすると気持ちよいようです。

    それでも、今でも強引に「あ、ここ抜きたい!」みたいに私がすると…
    「う〜〜〜」って言いますけどね。

    どうするとレオが心地良いのか?
    心地良いとレオはどうなるのか?

    ブラシはそんな角度から「犬を知る勉強」だと思いました。





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    ファンシーダンス 岡野玲子 …が私の仏教観かも。。。

    • 2014.06.09 Monday
    • 17:38
    評価:
    周防正行,岡野玲子
    角川エンタテインメント
    ¥ 4,125
    (2005-04-08)


    大好きなんだな…

    特にCDは、原作コミックの世界観そのもの。
    映画でちょっと「あれ?」って思っちゃった人には、CDオススメ。

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